jzx100

チェイサーのライト交換

今日の地元は快晴になったので、昨日用意しておいたライト一式の交換作業をしました。

HIDなのでライトユニットの下にバラスト?がついているため、フロントバンパーを外さないとライトユニットが外れない模様。まずはフロントバンパーを外すところから始めました。

と言うことで、まずはアイラインを外し、ウィンカーレンズを外し、バンパーを外し、両側のライトユニットを外すところまでで30分ほど。いくら晴れているとはいえ、一応は雪国なので寒いのです。寒いと言うことは、指先が微妙にかじかんで、作業に支障をきたすという・・・いや、なんで言い訳なんかしてるんだろう(汗)

特に困ることも問題もなくライトユニットは外れ、新しいライトユニットの装着もすんなり行き、トータル1時間ほどで交換作業は終了しました。

さて、昼間ではありますがさっそくライトを点灯してみると・・・バルブを交換しているので昼間でも明るくなっているのがわかります。ハイビームも明るいです。そして、前のライトはレンズが黄色っぽく曇っていたのですが、新しいライトは全く曇っていないので、ライトの色も綺麗な白さです。う〜ん、満足満足(´―`)

これで夜のドライブが楽しくなりそうな予感をしつつ、まずは自宅に帰るときに新しいライトを堪能していこうと思います(笑)
チェイサーのライト交換

今日の地元は快晴になったので、昨日用意しておいたライト一式の交換作業をしました。

HIDなのでライトユニットの下にバラスト?がついているため、フロントバンパーを外さないとライトユニットが外れない模様。まずはフロントバンパーを外すところから始めました。

と言うことで、まずはアイラインを外し、ウィンカーレンズを外し、バンパーを外し、両側のライトユニットを外すところまでで30分ほど。いくら晴れているとはいえ、一応は雪国なので寒いのです。寒いと言うことは、指先が微妙にかじかんで、作業に支障をきたすという・・・いや、なんで言い訳なんかしてるんだろう(汗)

特に困ることも問題もなくライトユニットは外れ、新しいライトユニットの装着もすんなり行き、トータル1時間ほどで交換作業は終了しました。

さて、昼間ではありますがさっそくライトを点灯してみると・・・バルブを交換しているので昼間でも明るくなっているのがわかります。ハイビームも明るいです。そして、前のライトはレンズが黄色っぽく曇っていたのですが、新しいライトは全く曇っていないので、ライトの色も綺麗な白さです。う〜ん、満足満足(´―`)

これで夜のドライブが楽しくなりそうな予感をしつつ、まずは自宅に帰るときに新しいライトを堪能していこうと思います(笑)

トヨタマークU

マークII (MARK II) は、トヨタ自動車が生産していたミドルアッパーセダンクラスを担う乗用車。1996年発売の8代目(X100系)まではチェイサー/クレスタと共に姉妹車。

1968年の発売当初は「トヨペット・コロナマークII」とよばれ、コロナの第二世代という意味合いで、クラウンとコロナの間に位置づけられた。

日産自動車のスカイライン、ローレルが相当車種。

誕生の経緯
初代マークIIとなったクルマは、そもそもはコロナの次期モデルとして企画されていた。
1964年9月、コロナはモデルチェンジで3代目RT40(PT40)型へと移行する。車種体系の充実や、ファミリーカーとしての基本性能の高さが評判を呼び、トヨタ初のベストセラー車となっていた。

コロナの次期モデルの構想は、拡大していくモータリゼーションによる需要層の上級指向にあったという。また、クラウンとのギャップを埋めるモデルが必要だったことや、ユーザーの多様化によるラインナップの充実が求められていたことも背景にある。
そこで、次期モデルは車の寸法、車格の拡大が重点に置かれた。当時のデザイン部門のリーダーであった森本眞佐男の『トヨタのデザインとともに』によれば、自工、自販首脳部による次期コロナのスタイル審査において、次期コロナと比較のために並べた現コロナを前に『(当時の)神谷自販社長から『これは両方作ってくれ』という言葉がでた。青天の霹靂(へきれき)だった。(中略)デザイン部門では新しいモデルの仕上げと平行して、(現)コロナのフェイスリフトを急遽立案しなければならなくなった。』とのことである。これにより、従来タイプをコロナ、当初次期コロナとする予定だったモデルをコロナマークIIとして世に出すことになった。

こうして1968年9月にコロナマークIIが発売され、従来のコロナはマイナーチェンジにとどまった。


[編集] 販売戦略
「新型車カローラ登場によるカローラ―コロナ―クラウンラインアップ上のコロナの役割を変更する」という当初の開発意図は、ユーザーの要望を聞いている販売担当サイドの意見から最終的には「コロナとクラウンの間を埋める」という役割を担う新型車種となったのである。

販売戦略では「社長や部長のクラウンよりは下だけど、部下のカローラ、コロナよりは上の"課長さんのクルマ"」と位置づけされ、これが広告宣伝で使用されオーナーの自尊心をくすぐった。そもそも、コロナ マークIIという車名自体も上級車志向のコロナオーナーを意識しておりトータルな販売戦略が伺える。

ここに「カローラ―コロナ―マークII―クラウン」のラインナップが揃い、コロナは日産・ブルーバードを抜き、カローラがファミリーカーとしての地位を初代にして固めるなどの背景もあり、トヨタは当時の日本の状況を的確に見据えた「グレードアップ戦略」を強化していく。


[編集] 盛衰
マークIIは好販売を維持し続け、36年に渡り製造・販売されるロングセラーカーとなった。

ハイソカーブームに沸いた80年代半ばには、同社のソアラや、日産・シーマなど代表的な車種がシンボリックな存在だったが、実質的な販売台数では「白いマークII」がその中核であった。

90年代からのRVとその後ひきつづくミニバンブームが起こり、単なるブームではないと思われ始めた世紀末以降もトヨタはセダンが自動車の中心であると謳い、マークIIをプロモーションしテコ入れしていたが、最終的には、セダンは後継車種のマークXにモデルチェンジ。車名をマークXへと切り替えることで新しい道を探り始めた。

現在、マークIIはマークIIブリットとしてステーションワゴンのみの販売となっている。[[1]]


[編集] 車名の由来
コロナ マークIIという車名は上級車志向のコロナオーナーを意識し、ジャガーMk−IIなどの英国車のモデルチェンジやグレード変更によく使われる方法から採用された。[2]。トヨタの小型セダン”コロナ”(現在は既に廃止)をよりスポーティに高級化した車、という開発コンセプトにより、端的にその二次的車種という意味で”コロナマークII”と命名された。1984年(昭和59年)5代目(X70系)モデルチェンジ以降は動力・駆動機能とデザインにおいてより独自性が強められ、コロナシリーズとしての性格が弱まったことから”コロナ”の名称を外し”マークII”となった。当時、トヨタには車名の頭文字を「C」とすると成功する、とのゲンかつぎがあり、輸出仕様車の名前では"クレシーダ"として「C」を冠することになった。

”マークII”の名前についてはジャガー社など海外メーカより、既存の自社製品と名前が同じであるとクレームが付き、”マークX”まで数字が進むことはなかった。しかし、面白いことに、同時期にイギリスに輸出されたローレルは「ローレル マークII」と名乗っていた。

マークII以外でコロナシリーズとして発表された車種には、”コロナエクシヴ”、”コロナプレミオ”があるが、コロナエクシヴは既に廃止となり、コロナプレミオはマークIIと同様”プレミオ”に改称された。


[編集] 車体形状
セダン、4ドアハードトップ、ステーションワゴン、バン。2ドアハードトップ、ピックアップが用意されていた時期もある。

マークIIはセダンの代表的車種。どちらもセダン系ではあるが、トヨタではピラーをもつものを「セダン」ないものを「4ドアハードトップ」と称している。


[編集] エンジン・グレード
エンジンはかつては直列6気筒2000cc(M-B, M-U, M-EU), 2600cc(4M-U, 4M-EU)を主力とし、直列4気筒1800cc(16R-U, 18R-U, 21R-U, 3T-U, 13T-U, 4S-FE)も存在したが、X100系からは直列6気筒2000t(1G-FE)、2500cc(1JZ-GE)、3000cc(2JZ-GE)のガソリンエンジンと2400ccのディーゼルターボ(2L-TE)のみとなった。2500ccには280psのターボ(1JZ-GTE)が搭載されたグレードもある。また、

グレードについてはX60系後期型から販売の中心となったラグジュアリー志向の「grande(グランデ)」を筆頭に、X80系からはより装備を充実させた最高峰グレードとして「グランデG」が登場した。 スポーツグレードはX70〜80系までは「GTツインターボ」90系からはチェイサー・クレスタ(100系はルラーン)と共通の「ツアラー」だった。最終型110系はNAが「iR-S」ターボが「iR-V」となっている。 ディーゼルターボや直列4気筒エンジンを搭載した廉価グレードは「GRサルーン」(X80系まで)「グロワール」(X90系)の名称で販売されていたが、GRサルーンにはグランデとほぼ同等の装備内容としたものも設定された。

トヨタクレスタ

クレスタ (CRESTA) は、トヨタ自動車で生産されていた高級中型乗用車であり、マークIIとチェイサーの姉妹車である。生産期間は1980年から2001年(GX50型〜JZX100型)。のちにチェイサーと統合されヴェロッサとなった。

初代は姉妹車と同じ4ドアピラードハードトップとして登場し、ボディやエンジンは上記の2車と共通している。2代目以降は、マークIIとチェイサーがビラードハートトップだったのに対し、セダンとして発売されていた。(3代目の80系以降プレスドアを採用)

また、X100系では他の姉妹車には5速MTが設定されているのに対し、クレスタは全車ATのみの設定である。グレード名はノーマルが「スーパールーセント (SUPER LUCENT) 」、スポーツモデルは80系までは「GT」、90系は「ツアラー (TOURER) 」、最終モデルの100系は「ルラーン (Roulant) 」と何度も変更された。後継車種であるヴェロッサも現在は生産終了している。

GX70系からGX80(JZX80)系は、ハイソカーブームでマークIIと共に女性からも人気だったが、クレスタは初代ソアラと共に暴走族に好まれた。

乗りつぶし車として有名であり、ほとんどのオーナーが廃車まで手放さない車としても有名で、特に初代やターボモデルなど、中古市場でプレミアが付くほどの人気を誇っている。走行距離が低いと定価ほどで売られることもあるほど。現在クレスタオーナーからクレスタ再発売の要望は高い。

jzx 100の歴史

初代(X40系)
1977年登場。コロナ・マークIIのトヨタオート店向けの姉妹車として、なおかつ同クラスの人気車種だったスカイラインの対抗馬として開発されたため、マークIIよりも若いユーザーを狙ったものであった。歴代唯一の2ドアハードトップも存在した。

キャッチコピーは「美しい野生」。CMキャラクターに俳優の草刈正雄(初代〜2代目前期まで)を起用した。


[編集] 2代目(X60系)
1980年10月登場。ビスタ店向けに開発されたクレスタも加わりマークII3兄弟と呼ばれるようになった。

2ドアハードトップは消滅し、4ドアセダンと4ドアハードトップのみとなる。この代から最高級グレードとして、ハーダーサスペンション・ミシュランタイヤなどが奢られた「アバンテ」を設定するなど、先代からスポーティー路線を昇華させた。デザイン面でマークIIとの大きな差別化が初めて図られているが、フロント・リアのデザインが違う以外はマークIIと全く同一であった。 前期型のキャッチコピーは「いま、高級車もフットワークだ。」

1982年8月 マイナーチェンジ。マークII・クレスタと共にツインカム24車を設定する。このマイナーチェンジから2年間、CMキャラクターに車好きで有名な俳優の夏木陽介を起用し、カタログにも登場した。


[編集] 3代目(X70系)
1984年8月登場。「アバンテ」はこの代からラグジュアリー系グレードとなり、同時に4ドアハードトップのみの展開となる。CMキャラクターにジャン=マイケル・ビンセントを起用した。

エクステリアやキャッチコピーにスポーティー路線は継承されたが、内装は姉妹車のマークII「グランデ」やクレスタ「スーパールーセント」と同様の豪華な内装を持ち、折からの「ハイソカー」ブームに乗り大ヒットする(しかし“マークII三兄弟”の中では地味な存在であった)。

1985年10月には、マークII・クレスタと共にGTツインターボ搭載車が登場している。

キャッチコピーは前期型が「TOYOTA GT-SALOON」「野望、マキシマム」後期型が「TOYOTAの最高級GTサルーン」「高性能フォーマル。」であった。


[編集] 4代目(X80系)
1988年8月登場。斜め格子のフロントグリルや横一文字のリアコンビレーションランプを採用した、スタイリッシュな4ドアハードトップとして登場した。姉妹車のマークII/クレスタと共に大ヒットし、現在の道路でも見かけることが多い車のひとつである。

先代までスポーティーさを売りにしていたチェイサーだが、前期型でのリアスタイルを中心に見せる落ち着いた構成のCMや、「Who?」(私の足を止めたのは誰?)「トヨタのいちばん新しい高級車 THE CHASER」のキャッチコピーなど、この代から一転して上品さをアピールするようになる。

1989年8月には3000cc(7M-GE)車(3.0アバンテG)が追加される。従来からの4輪ESC(ABS)の他にTRCも標準で装着された。

1990年8月のマイナーチェンジ時には、マークII・クレスタ同様に2500cc(1JZ-GE)車が追加される。キャッチコピーは「新しいあこがれ」。

ちなみに、前期型のCMでは女性の後ろ姿のみが映っていたが、後期型のCMになると顔を含めた全面を映している。


[編集] 5代目(X90系)
1992年10月登場。全車3ナンバーとなる。スポーツモデルがGTからツアラーに改称される。CMキャラクターには小説家の村上龍が起用された。

1995年運転席エアバッグが標準装備される。


[編集] 6代目(X100系)
1996年9月登場。マークII・クレスタそれぞれに独自のキャラクターが与えられ、その中でチェイサーは最もスポーティーなキャラクターを持つ。オーバーハングを短縮し、丸目4灯ヘッドランプが与えられた攻撃的なスタイリングが特徴である。なお、この丸目4灯ヘッドランプがBMW・3シリーズのそれと似ているという声もあった。

トヨタの広報資料によると、「走る・曲がる・止まる、その全てにトヨタの最新技術を結集し、操る楽しさと品格を実感できる走り、世界トップレベルの安全性、高級セダンの新たな潮流を生み出す事を念頭に最高峰のイノベーティブセダンとして開発されたもの」となっている。また、ディスチャージランプは日本ではこの100系(ツアラー・ルラーン)から採用されている。100系となったチェイサーは進化を極め、世界レベルの性能を持ったモデルとなっていた。

キャッチコピーは「TheStrong.CHASER 強い高級車で走ろう」。イメージリーダーにターボエンジン1JZ-GTE型搭載グレード「ツアラーV」を掲げ、CMではCGで動く鮫とチェイサーのイメージを重ね合わせた。

100系チェイサーは3兄弟中、スポーツグレードの「ツアラー」が最も売れたモデルで、ターボ(1JZ-GTE型エンジン)搭載グレード「ツアラーV」の5速マニュアルトランスミッション車は売り上げ全体の3割近くを上げる事もあった。100系ではチェイサーのみ1800cc直列4気筒ハイメカツインカムである4S-FE型エンジンがラインアップされていた。また、メーカー完成特装車としてエクステリアを中心にTRD(トヨタテクノクラフト・トヨタの特装部門)のエアロパーツなどを架装した「TRDスポーツ」モデルも存在する。なおラグジュアリーグレードの「アバンテ」も従来通り設定された。

1998年8月 マイナーチェンジ。ツアラー・アバンテ共にリアテールランプがスモーク化され、丸目4灯となったことでよりスポーティーイメージを高めた。同時に2.0(1G-FE)車もVVT-,�採用され、動力性能の向上が図られた。キャッチコピーは「The NewStrong.さらに強い高級車へ」。

全日本ツーリングカー選手権 (JTCC) への参戦もあり若いユーザーからの支持も受け、幅広いユーザーを獲得しやっと表舞台に出てきた感があったが、次期モデルは開発されず、JZX110系マークIIが発売されてからもしばらくは100系のまま販売されていた(全日本ツーリングカー選手権参戦車両のエンジンは、ラインアップに存在しない2000cc直列4気筒の3S-GE型を搭載していた)。

トヨタチェイサー jzx 100

チェイサー(CHASER)は、かつてトヨタ自動車が生産していた中型の高級乗用車で、マークII/クレスタの姉妹車である。

ボディやエンジンは上記の2車と基本的に共通している。ノーマルグレード名は「アバンテ(Avante)」で、スポーツグレードは80系までは「GT」、90系からは「ツアラー(TOURER)」である。生産は1977年から2001年(MX40型〜JZX100型)。のちにクレスタと合併してヴェロッサとなった。 アーケードゲーム湾岸ミッドナイトではJZX100のチェイサーツアラーVが登場している。

なお、車名は英語で「追跡者」という意味。当時のライバルだった日産・スカイラインを「追いかける」という意味も含まれているという説もあるが、定かではない。